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科学と神域

先月2月、安倍総理大臣は国会の施政方針演説で「原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた原発は、その科学的・技術的な判断を尊重し、再稼働を進めます 」と明言した。一昨年5月の参議院予算委員会では、茂木経済産業大臣(当時)が「その安全性については独立した原子力規制委員会の判断に委ねると。そこで安全だと確認がされない限り、原発の再稼働はありません。安全が確認された場合には、その判断を尊重して再稼働を進めていきたい、このように考えております。 」と答えている。つまるところ、原子力規制委員会が「基準に適合する」と認めたもの(2015.2月現在では川内原発と高浜原発)は「安全が確認された」として再稼働を進めるということです、よね?

科学の役割
では、当の原子力規制委員会の田中委員長はどういっているのか
「(新規制基準に基づく審査書案が了承された関西電力高浜原発3、4号機(福井県)について)新しい規制基準に適合していることを認めた。安全でないとも言っていないし、安全であるとも言っていない。(2014/12/17) 」とおっしゃっている。その時の記者会見で、記者から「安倍首相が会見で、いわゆる規制委が再稼働に求められる安全性を確認した原発については再稼働を進めるという表現をされたのですが、再稼働に求められる安全性というのは確認できたという理解でしょうか?」と問われて「総理は政治家だから、いろいろなそういう言い方をされますよ。分かりやすくという意味で。でも、私の方は、安全とか安全でないとか、安全が確認されたとか 安全でないことが確認されたとかそういう言い方ではなくて、稼働に際して必要な条件を満たしているかどうかということの審査をしたということです。そのこ とイコール、では事故ゼロかというと、そんなことはないだろうと(後略)」なるほど、田中委員長は科学者としての立場をしっかり守っていると思う。客観的に見れば、世の中に「絶対安全」はあり得ない。
こうしたやりとりを聞くと、ワタシは就農まもなく受けた、有機JAS法の講習会のときのことを思い出す。当時の農林水産消費技術センターの担当官僚の講義は、冒頭の次の言葉で始まった。「有機JAS規格は農産物の安全性を保証する規格ではありません。単に、その規格が求めている基準に沿って生産されたものであることを示すだけです」では何のための規格なのか?その説明はそこでは割愛されていた。(ちなみにその答えは「農業の持続性」と「環境保全」である)
田中委員長の発言には、その農水官僚と同じ欠落があるとワタシは思う。それは「自分はなんのためにこのシゴトをしているのか、このシゴトをどのように役立ててほしいのか」というメッセージだ。

科学者に言ってほしいこと
科学ができることは、端的に言えば、「現在の知見からいえばAならばBである」ということだと思うけど、絶対安全というのがあり得ないということは「B=安全」はあり得ないということでしょう。安全ではないならば、どの程度アブナイのか、いざという時それは許容できるのか、そもそもアブナさと比べて十分な効用があるのか?そういうことを考えなくちゃいけないよね。それは科学の問題ではなく、価値判断の問題。別の言い方をすれば、それは自然科学の問題ではなく、社会科学の問題ともいえる。
つまり、不肖ワタシとしてはだ、田中委員長に「ここまでは言えるので、それを使って再稼働を判断していってもらいたい。政府はこれで良しといってるが、考え方によって、再稼働の是非は異なる。政府の方針は最終方針ではないので、皆さんの意見、私達の意見を集約して結論をだしましょう」とでも言ってもらいたい、独立行政機関の長であり、また今一歩、科学者の立場に忠実ならば。
自分の知っている限り、科学は政治にいいように利用されてきたと思う。ちょっとややこしいのをいいことに、目くらましのごとく「学識経験者によるなんたら委員会によって決められた」ことがあたかも金科玉条になる。

「つくる」と「できる」
安倍総理は規制委員会の見解に従って再稼働するといい、田中委員長は安全とは言っていない、再稼働を決めるのは政治家だ、という。でも、再稼働にむけて社会は動いている。
無責任、といえばそのとおりだろう。太平洋戦争やら、バブル崩壊やら、原発事故やら、「クライシスが起きても誰も責任をとらないことがモンダイだ」とたびたび指摘されている。ひどい事故が起きたのに、それに懲りずに再稼働という流れは、またまた同じモンダイが起きているともいえる。この根っこにはいったいなにがあるのか?
私見をのべさせていただく。あくまで私見なので、エビデンスはない。
米なり、野菜なりを育て、収穫したとする。「自分がつくった」と思えばその全責任は自分にある。うまくいけば「自分の努力が実った」となるし、うまくいかなければ「自分に落ち度があった」となる。一方、「お天道様と大地の恵みでできた」と思えばその責任の少なくとも半分くらいは自分ではない。うまくいけば「お天道様と大地のめぐみ」だし、うまくいかなければ「神様のおぼしめし」だ。そこではしかし、結果における自分の努力なり技術なりの関係性も理解しているだろう。それでもなお、自身をとりまく「天と地」をいつも意識しているからこそ、天と地を敬い、また恐れる。
この前者は西欧的、後者は日本的といえるかもしれない。自身の全責任で作物づくりをすれば、自身の責任で結果を分析し、対応する。どこまでやるか、の価値判断は自身に委ねられている。そこでは自然科学も発達するだろう。一方、後者は自身の外側にアンタッチャブルな「神域」を設定している。「神域」を設定することで、自分をとりまくものを継続的に意識してきたはずだ。さわっていい場所、さわってはいけない場所を設定することによって、クライシスを防いできた側面もきっとあるだろう。また「神域」の存在は分析科学が近づきにくい条件でもあっただろう。

現代の「神域」再設定
ワタシが思うのは、今の私たちは「神域あり」のメンタリティのまま、「神域」を見失っているのではないか?ということだ。鎮守の森や結界が西洋科学の流入と共にどこか陳腐化(ごめんなさい)してしまい、意識の中から消えたまま、日常の経済社会の中で自身の力がおよびにくいものー例えば「科学」だったり「権威」だったり「権力」だったりするものに手っ取り早い「神域」の身代わりをみてしまってはいないだろうか?もしそうであるならば、それは「錯乱」に他なるまい。
ワタシたちの現在は、「天と地」のメンタリティを持ったまま、西洋的な分析科学の翼も併せ持つ。その力を総動員して「現実」と向き合わなければ、と思う。そしてその課題のひとつが、納得ずくでたとえば「原子力技術」をアンタッチャブルな「神域」のひとつに格上げすることではないか、と思うのだ。
これを「神の力」を借りずに自分たちで決めるべきだと思う。神の力を借りる、ということは破滅的な事故を経る、ということであろうから。(以上 フリーペーパー「AGRECO」Vol.82,2015.03に掲載)
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他人への不信と自身への不信

少し前にフリーペーパー「アグレコ」に掲載してもらったものです。
少々加筆し、こちらに再掲させていただきます。

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5月なかばに「美味しんぼ 福島の真実㉔」が掲載された雑誌が発売された。美味しんぼはこの号の後、当初からの予定通りしばらく休載するらしい。
 この連載で描かれた放射能による健康被害としての鼻血や倦怠感について、また、福島から避難するかしないかについて、メディアで様々な意見が飛び交っていたことを皆さんもご存じの事と思う。ワタシはこのところほとんど漫画を読む機会がないもので、この話題の連載も一切読んでいなかったが、このシリーズの最終話が掲載されたこの号のみ近所のコンビニで購入し読んでみた。
なので、この作品全体について、ワタシは特になにかを言える立場にはない。だけど、読んだ範囲、知る範囲でこの作品について書くことは「安全・安心」を考えるヒントのひとつになるような気がしている。

さしあたり、「真実」はいらない
ワタシとしては報道された「福島の真実」というシリーズ名を聞いただけで、若干食傷気味・・・という感じがしていた。というのは、(詳しい語義の検討は書略させていただくが)「福島の真実」というのは「福島のほんとうのこと」という意味であり、「ほんとうのこと」を示そうというからには、暗黙の前提として「ウソがまかりとおっている」状況がある、と作者は考えているのであろう、と思ったから。「真実」という言葉の裏側には作者の強い「他人への不信」がある、と私には感じられた。
 確かにうそは世間一般にあふれているだろう。ワタシも個人的事情からはじまって、毎日ウソ偽りなく生活しています!とはちょっと胸を張って言えない。放射能の健康被害、という社会的事情についても、利害関係者から発せられる様々な「ウソ」は実際に存在する、とワタシも思う。

 しかし、改めて申し上げるまでもないとは思うが、「ウソ」ではない「真実」も複数あるのが普通ではないのだろうか。ひろーい世間じゃ、ただひとつの事実をもって「真実」とする視点もあるし、それを「ウソ」と断定する視点も「真実」のひとつでありうる。なにかによる健康被害については、このへんは顕著だ。だって、世間一般の常識である「タバコは体に悪い・寿命を縮める」ということだって、80才、90才で元気にタバコを吸っている人にとっては「ウソ」でしょう?
 作者が取材後に鼻血を出したり、倦怠感を感じたことは事実かもしれない。また、他にも同じような経験をした方もいるかもしれない。しかし、それだけで、低線量放射線で体が壊れるということが「真実」だと言ってしまうとすれば、ワタシとしてはやはり早計だろうと思う。ある観察された病態の因果関係に普遍性があるかどうかを調べるのは、疫学のシゴトだろうけれども、その疫学で結論が出ていないので、みなさん困っているのである。さらに登場人物中の権威筋が「福島の人たちに危ないところから逃げる勇気をもってほしいと言いたい」と重厚に語ってるとなれば、その「福島」ってどこからどこまで?ということから始まって、鼻血だけで住む場所変えられんよなぁ、とか低線量放射線下で住むか住まないかを決めるのは勇気の問題じゃなくて、個人の判断の問題じゃないの?とか思ってしまう。

しかしながら、低線量放射線でも、鼻血や倦怠感の他、頭痛やめまいといった症状の人が増加する、という指摘も確かあり、その「疑い」があるというのは事実だろう。だから「疑い」の根拠さえ信頼できるものだったら、「疑い」であるだけで当面は十分だと思うのだ。信じるところは別にあるにしても、「疑いがある」と認めることは、自分の真実を否定するよりも格段に簡単なはずだ。これができれば、「じゃ、調べてみよう」ということになるのが、大人の対応でしょう。「疑い」の存在さえ合意できれば、自身被害を受けている、と感じている人に寄り添うこともできる。そして、これを当面は「真実」にする必要はない。むしろ「真実」の弊害の方が大きいのではないだろうか?その押し付け合いには歩み寄りや合意はあり得ないであろうからだ。

ちなみに、だからといって「美味しんぼ」は掲載されるべきではなく、作者や編集者は謝罪して撤回すべきだというつもりはない。「福島の真実」は作者にとってはやはり「真実」なのだろうし、共感する人もきっと多いに違いない。こうしたことで大切な点は、主張する自由と反論する自由、両者だということだと思う。

「わからない」つよさ
放射線の健康影響を心配する方の気持ちはよくわかる。しかし、天然の放射線の中で人類も進化してきている訳で、放射線を100%排除することはできないし、またする必要もないだろう。それでもセシウムゼロベクレルを求めることを、あるひとは「ゼロリスク症候群」と呼ぶ。実生活では様々な種類のリスクが存在しているにもかかわらず、ある特定の事物のみゼロリスクを要求することを指す。
 一方、学会系の原子力専門家は100ミリシーベルト以下の健康影響は、他のリスクに隠れてわからなくなるくらいなので安全です、とおっしゃる方が多い。よく考えると、この人たちもリスクは実質的にはゼロだといっているわけで、ゼロリスクを前提にして行動判断する(しなさい)という意味でやはりゼロリスク症候群だろう。ゼロベクレルの食べ物を求める人も、ゼロベクレルでなくても大丈夫だという人も、両者自分の信ずるところ(=自分の真実)は既に決まっていて、決して歩み寄ることはないだろう。つまり「どう考えましょうか?」とか「調べてみましょうか?」ということにはならない。
信ずるところが「わからない」人は逆に強い。なぜなら、リスクの本質は「わからない」ということであり、そのわからなさを前提に「どうするっぺ?」ということがリスク管理だとワタシは思うのだ。そこには他人へではない「自身への不信」の自覚がねっこにあり、だからこそ人のつながりを尊重し、それは歩み寄りをもたらす。

みんなで決める
 「みんなで決めた「安心」のかたち」 という本がある。

サブタイトルは[ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年]となっている。 広域のホットスポットとなってしまった柏で、地縁とは切ってもきれない生産者と、食べ物の産地は本来自由に選べる消費者が、流通をになう人やレストランのシェフ、測定所を始めたベンチャー企業家、地元在住の学者ら周囲にいる人たちと共に、自分たちの「地産地消」のかたちを決めていく記録である。

 地域に生きる生産者は、事故直後自らの生産物の放射能検査にはおよび腰だった。万一クロと出れば地域全体の農業に致命的な打撃が出かねない。一方、地元産物に強い不安を感じている主婦たちは、放射能がらみに消極的な地元生産者に不信感を持ち始めていた・・・。そんな状況から始めた関係者の円卓会議。最初のころは重苦しい空気だったという。しかし、ある幼稚園で行ったアンケート調査をきっかけに歩み寄りが始まり、独自の測定メソッドを設計してリスクを手なずけ、柏産の農産物の生産・消費、だけでなく地域の人と人のつながり、それをひっくるめた地域の「豊かさ」を維持する過程を、活動の中心を担った若手学者の手記+たくさんの当事者たちの肉声でまとめた立体的な本。
 もし、生産者が地域のいち生産者としての真実のみ、主婦が子育てのための放射能ゼロという真実のみを求め続けていたとしたら、崩壊していた豊かさがあったことに気づく。
それをこの人たちが実現できたのはなぜなのか?この本を読んで考えさせられた。

真実は、時に個人を悩ませ、人と人を戦わせる魔力をもつもの。だから「ホントのこと」を「バラッド(悲劇)」として歌い、送り出すこともたまには私達に必要かと思う。


すぐにやること

人を人として処遇できないならね。
生き物を生き物として処遇できないならね。

やっぱとめてもらうしかないでしょ。ゲンパツ。
とめてください、いますぐ。

原発作業員診察した医師 語る
原発から20km圏内の動物たち

原発さよなら署名

家族を守る選択肢

国際放射線防護委員会(ICRP)が放射線の確率的影響について採用している仮説はLNT仮説(Liner Non-threshold Theory:しきい値なし仮説)というもの。
この仮説はICRPだけでなく、米国科学アカデミーやWHOの付属組織である国際がん研究機構(IARC)からも支持されている。
これは「放射線の確率的影響は線量に比例して減少はするが、これ以下では影響が消失するという、「しきい値」があるという証拠は見つからない」ってやつだ。
これに基づいて、1990年に「職業被ばく限度を 5年間で100mSvを越えず、1年間では50mSvを越えないよう」に勧告している。公衆の1年間の限度は1mSvである。
なお、100mSvというのはこう説明されている。
「しきい値なしの直線モデル」によって放射線被ばくのリスクを推定し、もし、100人の人がそれぞれ100mSv被ばくするとその中の1人が被ばくによる白血病ないし固形がんになる可能性があるとしています。42人は他の原因で白血病ないし固形がんになる可能性があります。(これらのがんの内、50%が致死性)
以上年間限度線量の被ばくでも発がんより

一方、ICRPは今回の福島原発事故を受けて「一時的」な線量限度の緩和を勧告している。
福島原発周辺住民の放射線量緩和を…ICRP
ICRP ref: 4847-5603-4313


30km圏外の措置について放置を続けてきた政府もこれを受けて(ってホントかという気もあるが・・・)ようやく飯館村等20km圏外で20mSv/年を超えると予想される地域を計画的避難区域とした
これは逆に言えば20mSv/年まで許容するということだ。

20mSv/年というのはこれまでのICRP勧告での職業被曝の線量限度と同じレベルの被曝であり、日本の労働安全衛生法令で定められている「必要のある者以外の者を立ち入らせてはならない」管理が要求される「放射線管理区域」に適用される線量限度なんだよね。
このことについては興味深い解説記事がある。放射線科のお医者さんによるものだろうか。

一方、すでに福島県の学校の3/4が実際に「管理区域」化している、という報道もある。
確実に広がる放射能、福島県内学校の75%が放射能「管理区域」レベルの汚染

放射線管理区域の職業人に適用される20mSv/年という放射線は、私たちのこどもたちにいったいどういう影響を与えるのか?

小児甲状腺がんについての放射線の特異的な影響は日本人のすばらしい努力によって、チェルノブイリにおいて事故後約20年たって初めて確認されたという。
原発事故から甲状腺癌の発症を学ぶ

この記事中の長滝医師のことば「国際機関で“因果関係があると結論するにはデータが不十分である”という表現は,科学的には放射線に起因するとは認められないということである.ただし科学的に認められないということは,あくまで認められないということで,起因しないと結論しているわけではない」は重い。しかし現状では甲状腺癌以外での子どもへの特異的な影響については、国際的には認知はされていないようだ。
→「国際放射線防護委員会では放射線のリスクが人の年齢に依存することを認めているが、それは人のリスク推定値そのものに付随する不確実性から考えてそれほど大きなものではないとし、全年齢群に同一のリスク推定値を与えている。」
しかし一方、放射線医学総合研究所によれば「広島と長崎での原爆被爆者、チェルノブイリ事故で被ばくした人々、その他に医療被ばくした患者を対象とした疫学調査によって、被ばく時の年齢の影響を受けることが明らかにされている。原爆被爆者のデータから被ばく時年齢10歳、30歳および50歳の固形がんにかかわるリスクの経時変化(中略)10歳での被ばくでは相対的にリスクが高い」という報告も確かにある。(固形がんには甲状腺がんも含まれるだろう)
以上、小児への放射線影響:小児高度情報科学技術研究機構の原子力百科事典


なお、国際放射線防護委員会は放射線防護について、放射線の確率的影響を踏まえて基本原則を策定している。

放射線防護の基本原則
・正当化の原則
放射線被ばくの状況を変化させるようなあらゆる決定は、害よりも便益が大となるべきである。
・防護の最適化の原則
被ばくの生じる可能性、被ばくする人の数及び彼らの個人線量の大きさは、すべての経済的及び社会的要因を考慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く保つべきである。
・線量限度の適用の原則
患者の医療被ばく以外の、計画被ばく状況における規制された線源のいかなる個人の総線量は、委員会が特定する適切な限度を超えるべきではない。
以上国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れに係る審議状況について-中間報告-より引用

つまるところ、放射線の害を考える場合は必ずそれによる便益もはかりにかけるということであり、放射線防護は「経済的および社会的要因」を考えて可能なところで実施する、ということだ。

政府は、それまでの基準である一般公衆の限度1mSv/年では「経済的および社会的要因」から、合理的に達成不可能と判断したのであろう。

そうであるならば、その根拠を示し、説明をすべきである。そして少なくとも、家族を守るためにそれに納得できない人への援助を惜しんではならない。
そして、その援助が広範囲に及ぶのであれば、それを社会としての選択にしなければならない。
 

と思うのだ。そして、その判断は緊急に必要なんじゃないのかい?

次に美浜の会からの大切なメールを転載させていただきます。

************************************************************************************

皆様へ  美浜の会メール・ニュース11-10です。
BCCで失礼します。
転送・転載歓迎です。重複して受け取られた場合は申し訳ありません。

◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4月21日(木)
子どもに20ミリシーベルト!?放射線被ばく基準に関する対政府交渉
緊急に、文科省に抗議の声を! 文科省は21日にも基準を発表する可能性があります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇

●福島の子ども達を救おう。 
 文部科学省は、福島県内の学校の被ばく基準について、年20ミリシーベルトの被ばくを子ども達に適応しようとしています。
これは、原発管理区域の基準である3ヶ月1.3ミリシーベルトを大きく上回るものです。放射線の影響を受けやすい子どもに、このような高い基準を適用しようとしているのです。
現在の一般人の基準は1ミリシーベルトです。

 文科省は21日(木)にも基準を発表する可能性が高くなっています。
 何としても撤回させましょう。
★ 政府交渉に参加してください。
★ 参加できない方は、下記から文部科学省に抗議の声を届けてください。
  福島の子ども達に20ミリシーベルトの適応を撤回するように。
  全国の学校関係者も声をあげてください。

  ★抗議先
    文部科学省:https://www.inquiry.mext.go.jp/inquiry09/
          電話番号:03-5253-4111(代表)
    首相官邸:https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

●21日政府交渉の日時、場所
 ・集合 参議院議員会館ロビー     11:00
 ・事前打合せ 参議院議員会館B107 11:15~12:30
 ・対政府交渉 参議院議員会館B107 12:30~13:30
 ・記者会見  参議院議員会館B107 13:30~14:00

●福島県内の学校の放射線被ばく安全基準について、文部科学省はあくまで「基準は20ミリシーベルト」とし、子どもの年間被ばく限度も一般人と同等に扱うとしています。子どもたちが被ばくの危険にさらされています。

●確実に広がる放射能、福島県内学校の75%が放射能「管理区域」レベルの汚染、20%が個別被ばく管理が必要なレベルの汚染状況にあります。子どもたちを原発内で遊ばせるようなものです
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/77b1f6c632e436b9bd3d14d5796877ee/page/1/

●福島のお母さんから多数の叫び声が寄せられています(フクロウの会ブログ)
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/04/svh-652a.html

●福島県の住民団体「原発震災復興・福島会議」は学童疎開などの進言書を出し、今日県内で記者会見されました。
学童疎開などの進言書はフクロウの会のブログにもあります。
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/04/svh-652a.html

●4月15日に、フクロウの会、グリーン・アクション、美浜の会で、緊急に下記の質問書を出しました。福島瑞穂議員事務所を通じて、21日の交渉が決まりました。
文部科学省と原子力安全委員会の出席を求めています。

●21日には、3月28日厚労省交渉要望書への賛同署名を提出します。
 賛同署名を寄せてくださった皆さん、ありがとうございます。現在集約中です。

関連情報
◎「子どもは半分」、文科相が否定=原子力安全委員表明の被ばく量
 時事通信 4月15日(金)10時51分配信
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000047-jij-soci

◎高木義明文部科学大臣記者会見(平成23年4月15日)
  http://www.youtube.com/watch?v=aGREFhInQkM&nofeather=True
   子ども20ミリシーベルト問題
    3:44~7:26 / ★21:17~25:57/ 28:55~ラスト
   原子力推進教育について  14:15~21:17 / 25:57~28:54

●4月15日付の質問書
http://www.jca.apc.org/mihama/fukushima/mext_q20110415.htm

「計画的避難区域」の年間被ばく線量20ミリシーベルトと、
福島県内の学校の放射線被ばく安全基準についての質問書

子どもの年間被ばく限度は20ミリシーベルトなのか

原子力安全委員会 御中
文部科学省 御中

 政府は、「計画的避難区域」について、年間被ばく線量を20ミリシーベルトと設定し、それ以下の場合は避難の必要なしとする見解を示している。

 今回、福島県内の学校の放射線被ばく安全基準について、内閣府原子力安全委員会は4月13日、年間の累積被ばく放射線量について「子どもは10ミリシーベルト程度に抑えるのが望ましい」との見解を示し、10ミリシーベルトを目安とするよう文部科学省に伝えたと報道されている。この経緯について原子力安全委員の代谷誠治委員は記者会見で、「校庭で土壌から巻き上げられた放射性物質を吸い込み、内部被ばくする場合のあることを考慮すべきだ、少なくとも大人の半分をめざすべきだ」と述べた。

 ところがその後、文部科学省は4月14日の参議院文教科学委員会で、「基準は20ミリシーベルト」と答弁した。また、4月15日の閣議後の会見で高木文部科学大臣は、「目標は20ミリシーベルト」と語り、子どもの年間被ばく限度も一般人と同等に扱うとしている。

(1)文部科学省は、子どもにも一般成人と同じ20ミリシーベルトの年間被ばく限度を適用するという見解なのか。そうであれば、その理由と根拠を示すこと。

(2)子どもの放射線にたいする感受性は成人よりも高く、より厳しい基準が必要である。文部科学省としては、子どもについて、どの程度考慮すべきと考えているのか。

(3)安全委員会は、「計画的避難区域」の年間被ばく限度20ミリシーベルトという見解を示している。
1 この見解は、安全委員会としていつ発表したのか、その文章を示すこと。
2 この見解の根拠を示すこと。
3「計画的避難区域」について、子どもの被ばく限度に関する設定はあるのか。

(4)安全委員会の代谷誠治委員は、「子ども10ミリシーベルト」について、個人的見解とも述べている。これは個人的見解なのか、安全委員会としての見解なのか。
 安全委員会としての見解であれば、この見解をどのように文部科学省に伝えたのか。文章があれば示すこと。

(5)文部科学省が示した、子ども20ミリシーベルトの被ばく限度は撤回し、少なくとも現行の1ミリシーベルトを維持するべきではないか。

2011年4月15日
 福島老朽原発を考える会
  東京都新宿区神楽坂2-19 銀鈴会館405 共同事務所AIR TEL/FAX 03-5225-7213

 グリーン・アクション
  京都市左京区田中関田町22-75-103 TEL 075-701-7223 FAX 075-702-1952

 美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)
  大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3階 TEL 06-6367-6580 FAX 06-6367-6581
・・・・・・・・・・・・・・・・・

(このメールは、これまでメール・ニュースをお送りしている皆さん、美浜の会にメールをいただいた皆さんなどにお送りしています。
今後、メール・ニュースが不要の場合は、お手数ですが、ご連絡ください。)

※美浜の会に届くメール全てにお返事を出す時間がありません。ご了承ください。

2011年4月19日
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)
530-0047 大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3階
       TEL 06-6367-6580  FAX 06-6367-6581
       http://www.jca.apc.org/mihama/  mihama@jca.apc.org

選択をささえる選択

昨晩、飯館村から一時避難していたものの、再び同村内の自宅に戻ったご一家のことがTVで報道されていた。
幼い子どもたちを含むご家族だ。
子どもはカメラに向かって笑顔を向けていた。しかし、そのお母ちゃんは、涙ながらに訴えていた。
「私達だって不安です。でも、おじいちゃん、おばあちゃんがいるし、おいてけないし、私達だって仕事があるから結局他に行けない。」

私はこのサイトに繰り返し書き込んだなぁ。「本人がきめるしかない。」
しかし、この状況ではその言葉は無力だ。
つまるところ、思う。

どんな個人の選択だって、社会の支えがなければ実現できない。個人の選択を許す隣人がいてこそ可能になる。場合によっては支援があってこそ、可能になる。
その選択が大きくても、小さくても、その点では同じなのだと思う。
社会として、彼女の選択肢を用意できないのはどうしてなのだろうか?

ある医療関係の方から、論文のご紹介をいただいた。
放射線量変化モデルによる、積算放射線被曝量の推定と放射線源の推定

この推定によれば飯館村で事故後100日間で主として半減期の短いI131により13.05mSv、その後1年間で半減期の長いCs137により26.9mSv/年の被曝が予想されるという。100日+1年間の合計で約40mSvということじゃないだろうか。
そうだとすれば、控えめ?と思われる東大のteam nakagawaで説明いただいている基準からも妊婦さんにとっては看過できない数値。
医師によっては、妊婦だけでなく、子供も十分退避すべきという方もおられるだろう数値じゃないだろうか。わずか100日間でI131により10mSvを超えているわけだから。

これで「だいじょうぶ!」だというならば、TVに出てくれた彼女に政府は納得いくように説明すべきだ。できないのなら、退避するための援助を惜しんではならないと思う。

もし、退避の必要がない、ということを言葉で説明できないというのなら、山内正敏氏(スウェーデン国立スペース物理研究所(IRF)が冷静かつロジカルに提言されているように、
原子力安全委員長の班目氏に、原発北西30キロ地点に一家揃って暫く住んで貰う
しかないでしょうね。
しかし、山内氏はよくわかっているのだと私は思う。これはロジックではなく、本当は??性の問題なのだと・・・。つまり、社会人たろうとするか否かである。
菅総理でもいいですが。


プロフィール

rainfrog23

Author:rainfrog23
就農15年目、群馬県高崎市の野菜農家のおやじ。30代までは都心に勤めるサラリーマンだった。生き物がたくさんいる環境での仕事を望み百姓志願。農園の名前、みずき彩菜(さいさい)です。

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